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Simulation cemter 新築編

臨床現場をなるべく忠実に再現

所属施設の臨床現場をなるべく忠実に再現する。現状の設備に縛られる必要はなく、将来を見据えることも重要である。

普通の会議室でも、想像して病室等に見立ててトレーニングを行うことは可能である。診断学など、頭を使って考えるトレーニングはこれで事足りるかもしれない。しかし、外科系で特徴的なのは思考と手技が密接に関わっていること。手技は想像してやったふりをするだけでは身につかない。「演じる」のではなく、現場と相違ない環境で実際に手を動かして仕事に「浸る」ことが可能な環境を構築する必要がある。

病院施設基準を適応病室:患者1人当たり6.4平方メートル以上。聖路加国際大学では附属病院の標準的な個室をそのまま再現。
ICU:20m2以上(個室25m2)、廊下幅2.4m以上を推奨
手術室:TAVR対応は60m2以上
患者診療エリアから配置施設の利用目的(誰をどのようにトレーニングするのか)に準じて,重要度の高い順から優先的に配置していく.患者へのリスクを軽減・医療安全向上を目標とするなら,患者と接する環境から攻めるのが合理的であろう.

この場合の優先順位は,
患者診療エリア(病床・診察室・手術室)>スタッフエリア(ナースステーション)>後方支援エリア(調剤室・検体検査室・滅菌室)
となるかもしれない.

会議室・講義室は他にいくらでもあるが,手術室などの診療設備は代用できない.ある程度の汎用性を考える必要はあるが,専門性を持った価値のあるスペースにする.

どこに建てる?

目的,学習者と指導者のアクセスを総合的に判断して決定する.場所は,将来の利用頻度にかかわるもっとも重要な懸案事項である.

距離 臨床現場と適度な距離感が必要(物理的な距離とは限らない)。近いとアクセスに優れ気軽に利用できるが、近すぎると現場の業務に巻き込まれるなど、気が散ってしまう。この傾向は学習者であると同時に労働者でもある卒後臨床教育に顕著に現れ、現場での業務の時間と教育の時間をはっきり区切る必要がある。ただし、遠すぎるとなかなか利用してもらえず、敷居が高くなる。

例としてペンシルベニア大学のシミュレーションセンターは本院から約2km、主な関連病院からそれぞれ1.6km、3.5kmの距離に位置するが、職員からアクセスが悪いとの苦情が相次ぐ。しかし、「遠い」故に呼び出しの電話がかかってきても「今シミュレーション中だから」と断ることができる。各病院に分散して作るとスタッフやシミュレータ等も分散してしまうため、コストもかかり効率が優れない。集約化して本院に付設する案も浮上しているが、そうすると本院だけ便利になるため不公平だという意見もあり難しい。


米国では現場を間借りして行うin situシミュレーションで、「何だ、シミュレーションかよ、めんどくせぇ…」と立ち去ろうとする職員には院長命令が書かれた「レッドカード」を渡す制度もある。全職員に教育活動への応召義務を課し、参加期間の臨床業務を免除するというようなことが書かれている。現場で定期的な訓練が行われていることを普段から患者へ説明しておく必要もあり、トップダウンの協力が欠かせない。

設計するときに考えるポイント

診療使用 緊急時などに患者受け入れて診療を行うか?シミュレーション中の教職員、学生、模擬患者、スタッフ等がけがをしたり、応急処置等が必要になった場合は?

診療を行う場合、設備に対する法的な要求を満たしたり、各種届出も必要となり、コストも当然かさむ。例として聖路加国際大学のシミュレーションセンターはほぼ診療レベルと同等の設備を整えているが、原則として教育施設であり、診療施設ではないため法的に診療は行えない。「本物」の傷病者が発生した場合は直ちに本院に移動・搬送する。災害時はシミュレーションセンターを閉鎖し、スタッフを本院の救援に向かわせる。対照的に、南フロリダ大学CAMLSでは緊急時に州知事の要請があれば傷病者を受け入れ応急処置を行えるようになっているため、災害時はスタッフを派遣し、分院のように機能させる。
動物・献体利用 生きた動物を扱うのか?献体は使用するのか?動物は小動物(マウス・ウサギ程度)なのか、大動物(豚・羊など)なのか。生きた動物を扱うのであれば、法的にも求められる設備のレベルは格段に上がる。また、献体を適切に保管・保存するための設備や搬入・搬出経路の確保も設計上重要となる。

北米の動物愛護団体の一部には過激な手段(放火など)で抗議を行うものもあり、動物実験施設の存在や場所、入場経路などは極秘に管理されていることが多い。


動物の臓器(例えば縫合のトレーニングに豚の皮膚)のみ使用する場合、保管用の冷凍庫・冷蔵庫や解凍する場所、汚物処理や廃棄方法についても検討する必要がある。食肉なら普通ゴミに出せるが、誤解を避けるためにも医療廃棄物として扱った方が無難であろう。
放射線使用 壁・窓の放射線防護を行うか、放射線管理区域の申請を行うか?
特に大きな放射線防護窓はコストが高い。

「放射線管理区域」の設定
労働安全衛生法などでは3ヶ月間に1.3mSv.
医療法では1週間に1センチメートル線量当量300µSv)を超えるおそれのある区域.

放射線機器を設置する以上、「超えるおそれがある」ので管理区域を設定した方が無難と思われる。放射線科・放射線技師と要相談。
医療ガス・吸引 医療ガス使用と吸引は,トレーニング内容のみならず,配管設計にかかわる重大な問題である.
  • 吸引:コンプレッサ等を用いる.
  • 空気:コンプレッサ等を用いる.圧縮空気はボンベでの供給も可.
  • 酸素:トレーニング目的での使用はグレーゾーン.
診療目的ではなく,医療ガス設備の安全管理の教育と正常な動作にガスを必要とする.医療機器(麻酔器・人工呼吸器、特に酸素センサが入っている機器など)を駆動できるように設置している.
酸素投与は医療行為と捉えることも可能.しかし、市販の酸素缶(酸素2-10L含有、時間は3分程度)などは健康器具であり.一般人が自らの判断で吸入したり,他人に与えることができる。
  • 二酸化炭素:内視鏡・腹腔鏡のトレーニングに有効。ボンベを使う場合もあるが、配管の方が安全。
  • 笑気:トレーニング目的での使用は危険で不要。
トレーニング毎に指導者,管理者の判断でシャットオフバルブの開閉操作を行い、使用する期間について最小限に留める配慮が必要であろう。シャットオフバルブは手術室等同様、良く見える場所の壁面などに配置する。

医療ガスのボンベ使用の有無を考える。いずれも使用頻度(交換の頻度も)、コスト、ならびに保管場所をシミュレーションし決定する。他に、最大想定流量(例:15LPMを3カ所、20分間=900L)も考慮する。例:搬送用に使うような酸素ボンベは約500L。据え置き型の大きめのボンベは6000-7000L.
大型機器 業務用冷凍庫:食肉や臓器等を試用する場合,保管場所として冷凍庫が必要.設置場所の近くに解凍を行えるシンクなど水回りの手配も必要.献体を使用するる場合は,その保管場所についても考慮しなければならない.

VR(Virtual Reality)シミュレータ等:電源とLAN配線を要する.場所だけでなく,コンセントとのなどの配置も考慮する.


IVR治療のトレーニングでは,それ自体で大きな専門機器を必要とする.
電源設備 電源容量など、実際の臨床設備と同様に設計すれば問題ないはず。一般的な手術室の電源容量は1室あたり10kVA程度あれば十分だとされる。
様々な用途の利用を考慮し,多くのコンセントを確保することは重要である。壁面だけではなく、床または天井にシーリングペンダントとして可動式コンセントを設置している施設も多い。
CTやアンギオ装置などの設置を見込む場合,機種により100kVA以上の容量を見込む。

模擬停電機能
特に3.11以降,「想定外」とならないように地震・停電の実践的な訓練を行うことを前提とすべき.
電源の種類に細かい区別はあるが,少なくとも通常(停電する)と非常用(停電しない)コンセントの差について教育できるようにする.模擬停電・復旧を行う場合、安全のため該当エリアを目視できる位置にスイッチ等を配置する.
増改築の有無 一旦センターを使い始めると、少なからず設計時とのギャップが生じることが予想される。1〜3年後に改築するプラン・予算を設計時に組み込めるかも考慮する。ハイブリッド室への改装など大型機器を搬入する可能性がある場合、床・天井の耐荷重を想定した構造設計を行う必要がある。
教室・レクチャールーム 想定される最大の受講者数に合わせる.例えば一学年の大きさ(約100名)など.
想定される教育内容(BLSなど)を例に,受講者の動線を考慮.
講義等は必ずしもシミュレーションセンター内で行う必要はないが,だれがどのように利用するのか,病院内・大学内に代用できる設備はあるのか?距離はどのくらいか?などを考慮する必要がある.
講義等の専門の部屋にする必要もなく,最低50−100名程度を収容できる多目的室があれば多くのことに対応できるはずである.
トイレ 最大利用者数,平均利用者数、他に利用できるトイレ(他フロアなど)を考慮し決定する。
模擬エリア(病室等)内にトイレを設ける場合,配管などの都合を考慮.別途トイレがあれば,陶器のみの模擬トイレという選択肢もある.
臨床利用の有無も重要な問題なので忘れず考慮する.
エレベーター ベッド搬送(そもそもベッドの納入・搬入)が可能なサイズのもの(つまり、院内と同じサイズ)は最低ひとつ必要である.
廊下やドアも間口や開口方向など,ベッドの搬入・搬出が可能で経路も確保されることを確認する.
消防法等の防火目的で,ドアの種類,開放機能の有無が制限されることもある.
予算削減のために 以下の項目は,予算削減のためにも割愛できる可能性がある.
  • 空調:必ずしも高レベルのクリーンルームにする必要はない.
  • 電源:必ずしも無停電電源である必要はない.
  • 水道:必ずしも滅菌水である必要はない.

誰に設計を依頼?

学校など教育施設やオフィスを設計する人だけでなく、病院設計を手がけたことがある人に相談し意見を取り入れることが重要。

エリアの協調性 診療施設の動線に沿うよう、また実際の診療の流れに沿うよう複数エリアの協調性を意識する。診療の流れの要素を含むトレーニングを行う際に重要となる.近年、このような診療の流れ組み込んだトレーニングが注目されている。具体的には、待合→診察室→病棟→手術室→ICUいった患者の診療の流れや動線についても考慮することである。
広さ 最低限のインフラ(トイレ・受付・事務室・更衣室等)を確保する.センターの場所によって考え方が異なるが、十分な更衣室の確保は重要である. 利用者の多くが院内・学内の学生・職員で同一敷地内にセンターを建設するのであれば、更衣室は大きな問題とならないかもしれない.

収納スペースは施設面積の15〜20%を目安に確保したい。随所に棚やク口ーゼツトなど収納を配置する。多くの施設で収納スペースは問題になるので検討している広さより、さらに大きく設定するくらいの気持ちが必要である.診療ベット、マネキン、手術・処置器具、シュミレーター、エコー、点滴棒…ありとあらゆるものを収納する必要がある。

ペンシルベニア大学では旧病院の手術室フロアをまるごと改装して使用している(2,044m2)。聖路加国際大学は、大学に隣接した敷地(駐車場)を買収して複合施設を建設、シミュレーションセンターは4階部分を専有。建ぺい率などの都合で面積は約864m2。

開設直前になったら?

開業前に猶予期間(少なくとも1ヶ月)を設け,備品類の調整や動線の確認,ならびにスタッフの訓練を行う.例えば,新年度(4月)オープンであれば,2-3月からスタッフを施設に入居させ調整を始める.

教育カリキュラムの申請・公開などは前年度に行う必要があり更に遡って検討する必要がある.開設してから考えるのは本末転倒.