教育は「何を教えるべきか」から検討し、それがしっかり達成できたかを評価することを見据えて計画を立てるべきもの。米ジョンズ・ホプキンズ大学名誉教授のカーン先生が提唱された方法が「医学教育プログラム開発―6段階アプローチによる学習と評価の一体化」と題して日本語でも出版されています。 計画的に行えば、各論は特にKernにこだわる必要はありません。様々な理論や教育モデルが提唱されており(ADDIE、4C/IDなど)、インストラクショナルデザインという学問もあります。ただし、「何を教えるべきか」という根本的なニーズを突き詰めてから詳細に入る観点は総論として教育に限らず臨床学術や科学的な問題解決全てに共通することです。 Kernが提唱する6段階とは: 1. Problem Identification & General Needs Assessment 問題の同定と一般的ニーズ評価
理想:研修医が執刀するラパコレの手術時間を2時間以内で合併症なく行いたい 現実:研修医が執刀すると、手術時間が長くなり、胆嚢穿孔して退院が延びてしまうことも多い この際、現状で手術時間が平均2.5時間、胆嚢穿孔が平均して3件に1件といった測定可能な指標(数値)で現状を表現するようにしましょう。これは、教育にかけた努力が報われたかを検証する手段、そして研究業績として発表するためのネタにもなります(6段階目を参照)。また、教育に投資することで診療がより安全・円滑になり、時間やコストの削減・収益アップにつながるという具体的な説得材料にもなります。 2. Targeted Needs Assessment 対象学習者のニーズ評価
学習対象者によって教育のニーズも変わります。同じラパコレでも、初期研修医が学習すべき内容と、後期研修医や上級医が学習する内容は異なります。初期研修医は、電気メスを安全に扱えるようにした方が患者のためになるでしょう。後期研修医はよりテクニカルな内容で技術レベルの向上を目指すのが良いかもしれません。そして、上級医は術後合併症などをいかに患者さんの安心感・信頼感を損なわずに説明するか、ノンテクニカルスキルに目が向くかもしれません。 学習者からニーズを聴取するのですが、研修医などの学習者の多くは弱者であり、プログラム関係者(上司・雇用者)がアンケートや面接を行ってもなかなか本音が出てこないことも事実です。部長等のレベルで教育プログラムの開発を抱え込まず、学習者自身に加わってもらうのが良いでしょう。ただし、完全に研修医任せにしてしまうと、「楽しい」「おもしろい」「珍しい」ことばかりに引き寄せられ、学習内容が偏る傾向があります。時には辛いことも勉強しなければいけません。この「辛くてもやらなければいけないもの」を決めるのがプログラム責任者であり、この理由を理解してもらうために互いに教育について語るコミュニケーションの場を作る事も大事な仕事です。 3. Goals and Objectives 一般目標と個別目標
一般目標と個別目標は、日本では専門用語で「GIO:General Instruction Objective」や「SBO:Specific Behavioral Objectives」と言ったりします。何が出来るようになって欲しいか、目指す完成形を表すものが一般目標。具体的に誰が何をいつまでにどのくらい出来れば良いのかを表すのが個別目標です。目標の分類や記述方法についていろいろな流派がありますが、現状から理想に到達するために必要なステップを具体的な目標で段階的に埋めていきます。 4. Educational Strategies 教育方略
ここで、シミュレーションは多数ある手段の一つ。知識など座学が適している内容もあれば、技能や態度はシミュレーションを用いて実際に手を動かしたり、(模擬)患者や他職種とコミュニケーションをとりながら学んだ方が効果的な内容もあるかもしれません。もちろん自学自習も教育方略の一つですが、「勉強しろ」「練習しろ」と放任せず管理責任・説明責任を果たしていくことが今の社会では求められています。 5. Implementation カリキュラムの実施
素晴らしいカリキュラムを開発しても、実施できなければ意味がありません。ここは各施設の事情に依存しますが、いろいろ根回しが必要となります。報酬を伴う診療に便乗する(つまり患者にコストを転嫁する)従来の臨床教育と比較して、特にシミュレーション教育は目に見えてコスト(人・時間・お金・設備)がかかるため、管理者・経営者からの風当たりが強いもの。教育が患者の安全や業務改善に具体的に寄与することを研究成果として発信し、教育が浪費ではなく投資であることの理解を広めるべきです。 6. Evaluation and Feedback 評価とフィードバック
最初に提起したニーズが満たされているかどうか、確認します。学習者の成績や、教育プログラムそのものに対する満足度といった評価、そして理想的には実臨床への影響も調査します。例えば展開前は、研修医のラパコレの手術時間が平均2.5時間で、胆嚢穿孔も三分の一の確立で起こっていたというデータが揃えてあれば、教育プログラムの展開後にこれが改善されたのか、改善されなかったのかを客観的に検証することができます。手術時間2時間以内、胆嚢穿孔ゼロが達成できていれば、めでたく教育プログラムが成功したと言えるでしょう。 順番に行う必要はありませんが、上記6項目について反復して考えを巡らせながら教育を計画的に行うと現場のニーズに応じ、実世界の制約や都合を考慮しつつ、しっかり教育研究としての演題や論文発表にもつながります。 Kiyoyuki
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2 月 2021
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Kurashima Yo北海道大学大学院医学研究院 Watanabe Yusuke北海道大学病院臨床研究開発センター・消化器外科Ⅱ 特任講師 Miyasaka Kiyoyuki聖路加国際大学 麻酔科 Sunada Masumi
京都大学医学研究科 婦人科学産科学分野 Categories |